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靴下マニア

2016/06/13

「靴下生産日本一」~広陵町の靴下の歴史~




4月18日に新着情報の中で紹介致しました『開催決定!「第3回靴下デザインコンテスト」オリジナル靴下デザイン募集中♪』の新着情報の中で、「広陵町には靴下産業の町としての歴史があり靴下生産日本一」と書きましたが、なぜ広陵町が靴下生産日本一になれたか、広陵町の靴下産業の歴史を紹介したいと思います。


【なぜ広陵町で靴下の原料の綿の生産が盛んになったの?】

広陵町は奈良県の北西部に位置し、江戸時代から高品質な綿「大和木綿」と呼ばれる綿の栽培・綿糸製糸・木綿織物がありました。
なぜ広陵町周辺で木綿栽培が盛んになったかというと、広陵町は大和盆地で、昔は常に水不足に悩まされていたため、お米の生産量が少ない分を綿で補うために綿を作っていたそうです。

その綿で織ったのが「大和木綿」。

昔は副業として農作業の合間に織っていたそうです。
それと、今でも広陵町にたくさんため池があるのは、当時の水不足対策の名残なんです。

江戸時代、着物が麻素材から木綿素材が主流になり、大和地方でも綿花栽培や製糸業が盛んになり、地域の特産品として上質の「大和木綿」が全国に知れわたる特産品に成長したそうです。
幕末になり開国されると大量のインド綿が日本に輸入されこのころから日本の綿作は一気に衰退しましたが紡績技術が海外から導入され奈良県内にも多数の紡績工場が誕生しました。

【なぜ靴下産業が盛んになったの?】


今から100年以上前の明治43年に、近代化が進む中、旧馬見村の吉井泰治郎氏がアメリカから靴下編み機を購入し靴下製造を始めたことがきっかけとなり周辺に靴下作りが広がっていきました。
その後、昭和の初めにかけて靴下製造は大幅に拡大。自動編みや口ゴム編みの機械が導入されるなどの技術革新が進み、奈良県での靴下生産量は全国4位になりました。

戦時中一時的に靴下生産業者が減りましたが、戦後復活し、今度は農家の副業・兼業ではなく本業へと発展していきました。
ナイロン素材の国産化がきっかけとなり靴下の生産量が増加。
そしてついに広陵町は「靴下生産日本一」となったのです。


時代の流れとともに安価な海外製品が増え、広陵町の靴下業者の減少もありましたが、いろいろな企業努力の結果今でも質・量ともに全国一の規模を誇る「靴下生産日本一」の伝統ある靴下産地として成長したのです。

最近では海外の方や海外百貨店のバイヤー様が「日本製の高品質な靴下が欲しい」と求められたり、靴下専門のお店も多数あり国産靴下の需要は上向きになっています。

今では靴下は「肌着」としてだけではなくおしゃれアイテムのひとつになり、いろいろな形やデザイン、スポーツ用の高機能な靴下などがあります。

今年の流行とは、女性で人気のある靴下の柄は、今年も昨年に引き続きボーダーや2本や3本のラインの入っている靴下が人気。
中高生を中心に短いスニーカーソックスも大流行中です。
男性向けの靴下ではカラフルな色使いの物や個性的な靴下が人気となっております。

【募集中のイベント】


広陵町の『靴下生産日本一』を盛り上げようと広陵町が行っているイベントが「靴下デザインコンテスト」です。
今年で第3回目となり年々盛り上がりを見せております。
「第3回靴下デザインコンテスト」の締め切りは6月30日必着となっております。

興味を持たれた方は、4月18日の新着情報に掲載いたしました
『開催決定!「第3回靴下デザインコンテスト」オリジナル靴下デザイン募集中♪』
http://www.e-tsukamoto.jp/topics/index.cgi?no=101
に詳しい内容を記載しておりますのでぜひご覧ください。
「第3回靴下デザインコンテスト」では個性豊かなオリジナルデザインの靴下のたくさんのご応募お待ちしております。

「第3回靴下デザインコンテスト」の募集の詳細と申込み用紙は奈良県・広陵町商工会ホームページまで。
http://www.koryonet.or.jp/

「第3回靴下デザインコンテスト」申込用紙 pdf形式 
http://www.koryonet.or.jp/kutsushitadesign/socks_design_H2804.pdf

「第3回靴下デザインコンテスト」申込用紙をword形式をご希望の方は奈良県・広陵町商工会のHPよりダウンロードして頂けます。
http://www.koryonet.or.jp/


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